町田平和委員会ブログ。

もし8.15で終わっていなかったら、 九州南部、関東への連合軍上陸で、数百万人が死亡したかも知れない! 「オリンピック作戦」「コロネット作戦」についての 町田平和委員会のブログだよ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

「茅ヶ崎のアメリカ軍」つづき

茅ヶ崎市史の現代2、「茅ヶ崎のアメリカ軍」によれば、
「茅ヶ崎に上陸した部隊は、相模川沿いに厚木、淵野辺周辺まで北上し、多摩川の渡河地点を確保した上で3つに別れる。」という部分について、
 茅ヶ崎上陸の第8軍の任務として

「g。多摩川の渡河地点を奪取し、確保すること。機甲部隊を積極的に内陸部へ進撃させ、熊谷-古川地域を奪取すること。敵の関東平野への増援移動を封鎖して、敵の後方を途絶すること。東京へ向けて機甲部隊の南下準備をすること。」とあり、
それに続けて、

h。北方および東方に前進して、横浜を奪取し、東京の奪取を支援し、敵軍を壊滅すること」と続きます。
 ですから、必ずしも「多摩川の渡河地点を確保した上で3つに別れる。」というコースではないようです。
 とはいえ、この同市の訪米しての調査や聞き取りなどの成果を、何とかネット上で読む事ができるよう、願って止みません。

いずれにせよ、1946年3月1日のYデーに先立つこと
「20日前頃、相模湾および上陸地点の港湾防衛施設に艦砲射撃が開始され」
「4日前頃、機雷掃海作戦が開始され」
Yデーから
「遭遇した敵軍をいかなる場合も撃滅すること」が指令されていた訳です。

 余談ですが、アメリカが、靖国参拝が日中、日韓関係を悪化させただけでなく、日米関係、米国のアジアにおける利害・影響力を損なう、座視できないものとみなして、新政権に針路変更を要請したとき、アメリカ政府の(とりわけ靖国参拝をヒトラーの墓参りだとのべた)一部に、かつての日本軍国主義の末期の症状と、今日の北朝鮮のそれとの比較・連想がなかった、とは断言できない、と思います。
 それほど、この 「コロネット作戦」立案・準備段階における日本の為政者の人命無視の発想と、北朝鮮の政権のそれとに、恐ろしいほどの共通性が見られてなりません。
 そして、その精神を律した「教育勅語」を褒め称えた青年政治家が、いまや日本国総理となり「美しい国」を唱えています。
「コロネット作戦」を顧みることは、そういう意味でも意義があるのではないか、と考えています。

スポンサーサイト


  1. 2006/10/22(日) 20:10:02|
  2. 未分類|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

| ホーム |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。